

小学校から大学まで一環教育と言う温室育ちの私が、「コネを使わず」「自分の経験が生かせる場所」という事で選んだ就職先が、激務といわれるダイビング専門誌の出版社の営業でした。自分で望んで入社したにも関わらず、毎晩終電で帰宅するという生活に体調を崩し3年で退社。自分の体力と相談した結果、拘束時間が明確な派遣社員として働く事を決め、2001年に建設業専門の保険代理店に勤務。ここでの経験が私に勇気と希望が芽生え、2004年にオージーアールに入社したのでした。
派遣社員とはいえ、最大手企業代理店で社員と同様に働いていた自分にとって、個人代理店への入社は大きな環境の変化でしたね。扱っているのは同じ保険商品なのに、保険会社とのやり取りのシステム、お客様の反応などは全く別の業界かと思うほどでした。
当時、保険代理店を起業した母のモットーは「保険屋のおばちゃんのイメージを覆す」でしたので、私も保険屋のイメージアップに奔走しましたが、初対面の方に「お仕事は?」と聞かれ「保険代理店です」と答えると「保険屋=売りつけられる」というイメージなのでしょう。現実は厳しかったですね~(悲)
イメージチェンジの重要性がここで初めて実感できたのです。しかし真剣になるあまり、当時の私は保険業一本やり。
社会人として、いや人間としてもアンバランスな時期だったと思います。
入会に対しては消極的だった私が法人会に入会したのは2005年、31歳の春でした。しかし30歳を過ぎて仕事も私生活も親子ベッタリという関係に辟易していた上、母がすでに芝法人会に入会していたご縁もあり、入会を決意。但し、ここまで親掛かりという事態に、親離れできていない故の嫌悪感さえ感じ、当時の私には目標も夢も希望もなし、そんなスタートだったのです。そんな消極性から開放されたのは、同じ地区の近藤さんのお誘いで総務委員会に参加させて頂いてからです。
入会前は法人会の会員の方は殆どが会社を束ねる立場にある方だから個性も強烈、却って軋轢を避けるため、上辺だけの話し合いになってしまうとも予想していたのですが、ひとつの事業を真剣に創り上げていく先輩方の姿は私の予想を良い意味で覆して頂きました。歯に絹着せぬ意見が飛び交っている事、時に恐ろしいまでに白熱する迫力に驚きました。その個性の強さ・力強さと「先輩から引き継いだ芝法人会青年部会を、より良いモノにしていこう」「法人会を通じて地域に貢献しよう」という共通の思いが、世代を超えた会員の皆さんを結びつけているのを感じ自分もその一部として役立てるかもしれない事、若輩の私が先輩方の高い視線を学ばせて頂ける有難さに気づきました。
先輩方からの「良き伝統」を私なりに継承してみます。
お知り合いが地元に増えたこと、素晴らしいですよね。地元、高輪で代々ご商売をなさっている方々に比べ、14歳から高輪で暮らしていたとはいえ、私と地元とのつながりはあまりにも希薄。法人会に参加して4年目を迎えようとしていますが、これまでよりも高輪という町がグッと近しく、また愛着のある街になりました。
昨年からフィリピンの子供の里親制度に参加していますが、自分のできる事で社会に参加する心構えができた事も、法人会がキッカケですね。先輩方の姿勢を学ぶうち、生涯、社会とつながり続けることが本当に素晴らしい事だと価値観が変化。活躍すること、目立っている事がクローズアップされがちな現代ですが、ただお金を稼ぐだけ、中身が無い活動では引退した途端、過去の人になってしまう。いくつになっても社会貢献できることが、生涯現役であり続けるために不可欠と気付きました。
研修委員当時に「バースデイサイエンス」研修を提案、50名もの会員の方に参加頂きましたが、自分が良いと思った研修を、より良い形で沢山の皆さんと分かち合えたのは、ひとえに法人会の組織力のお陰、皆さんにご協力頂いたおかげです。少しでもお役に立ったかも・・と思えたことは、大変に嬉しい経験となりました。有難うございました。
地区の事に目を向ければ、地区会などでお知り合いができれる事で、より参加にも積極的になれると考えます。ひいては、地域への感心が高まり、地域活性化へ結び付くのではないでしょうか。高輪で仕事をされていて地元とのつながりの糸口を探っている方が気楽に参加できるような環境は非常に大切と感じます。また、お仕事の性格上、活動時間が合わないという方はどうしても疎遠になりがちですが、せっかくご縁があってご入会頂いたのですから、そうした方へのフォローをどうすべきか、活動の中で考えてゆきたいというのが今の課題です。
小倉 和歌子 / 芝法人会 青年部会 高輪地区 所属
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